今ドラマで話題になることの多い小泉八雲とセツの物語ですが、それにちなんで関連グッズやグルメが次々と生み出されています。
今回ご紹介する「怪談ようかん」もそのうちの一つ。
八雲が出版した「KWAIDAN(かいだん)では様々な妖怪が登場しますが、それらのイラストがパッケージに施されています。
それらの”怪談”の物語の概要を知ることでより商品の魅力が伝わると思いますのでぜひ最後までご覧いただければ幸いです。
そもそもKWAIDANはどういった作品なのか?
KWAIDANは日本各地に伝わる民話や伝説、妻のセツから聞いた話を元に八雲が再話した怪奇文学作品集です。
八雲の怪談は、ただ怖いだけでなく、その裏に隠された人間の感情や日本の精神性を読み解くことができる点に大きな魅力があります。
本書は1904年に出版されましたが、その背景には妻であるセツが大きく関わっていたことを私も最近知りました。
私は本書を見たことはありませんが、こどもの時いくつか有名な話をテレビや絵本で見た記憶があります。
夜更かしをした際には親から「早く寝ないと〇〇の妖怪が出て食べられるぞー」などと脅されていました(笑
そんななじみのある話も多いのですが、実際に作者が小泉八雲だと知るのは大人になってからの事です。
2025年7月には理論社から「小泉八雲の怪談」が出版されているので当時の作品より分かりやすい形で物語を楽しむことができるので機会があれば購入してみたいと思います。
怪談ようかんは松江老舗和菓子屋の逸品
怪談ようかんは松江の老舗和菓子屋「彩雲堂」が手掛けています。
松江の代表銘菓「若草」を始め、近年ではあんぱんまんじゅうや満天などおしゃれな菓子を創製し若者からの支持も獲得されています。
全国和菓子協会の「選・和菓子職」という卓越した技術を要する職人に与えられる称号(資格)があるのですが、彩雲堂はその称号を有する方が5人もいるすごい和菓子屋さんです!
YoutubeやSNSで動画を出されていますが職人の技術と出来上がった美しい和菓子を見ると惚れ惚れしてしまいます(笑
怪談ようかんに描かれた妖怪とその物語の概要
さて、実際に怪談ようかんに描かれている妖怪とその物語について見てみましょう。
大亀(抹茶)

松江藩主・松平家の菩提寺である月照寺の境内に、巨大な亀の石像(亀趺・きふ)があり、巨大な石碑を背負っています。
この石像の亀は、夜な夜な池から抜け出し、城下をさまよって悪さをする(または人を食らう)という恐ろしい伝説があります。
困り果てた住職が亀に説法すると、亀は涙を流して「自分でもこの奇行を止められない」と訴えます。そこで住職は、巨大な石碑を亀の背に負わせ、動けないように封印したとされます。
八雲は、この苔むした巨大な石像を異界の存在として捉え、静寂を破って暴れ出す怪異というイメージに心惹かれました。
藩主の死を悼む忠義の心や、衝動を抑えられない切なさなど、ただの魔物ではない側面も感じさせます。
ろくろ首(くり)

旅の僧侶・囘龍(かいりゅう)が甲斐の山中で親切な木こりに一夜の宿を提供されます。
その山小屋には、親切な家族が住んでいましたが、夜中になるとその家族の女性たちが次々と首を胴体から離して飛ばし、空中をさまよって虫などを食らう姿を目撃します。
作中では、ろくろ首に化けてしまった人々が、過去の業(悪行)によってこのような姿になったとされています。
囘龍は、彼らが善い心を持つことを信じ、読経によって悪業を打ち破る力を得られるよう祈ります。
しかし彼らの正体を知りその思惑を聞いた囘龍は彼らを退治することになります。
異国の視点から、日本の伝承と他の文化圏の怪異を融合させ、人間の内面(業や信仰心)を浮き彫りにしています。
不気味な現象の中に、日本人の持つ倫理観や供養の精神を織り込み、文学作品として昇華させています。
耳無芳一の話(小倉)

阿弥陀寺に住む盲目の琵琶法師・芳一は、平家物語の弾き語りの名手でした。ある夜、武者に誘われ、平家の亡霊たちが集う墓所で毎夜琵琶を奏でます。
住職は異変を察知し、芳一を救うため、彼の全身に経文を書きつけ、姿を隠そうとします。
しかし、弟子が耳だけ塗り忘れたため、亡霊は目に見える耳だけを「証拠」として引きちぎって去ります。
芳一は命を救われましたが、「耳無芳一」と呼ばれるようになりました。
平家の怨霊の鎮魂と、信仰の力。芳一の琵琶の音は、怨霊をも泣かせるほどの力を持っていました。
また、経文という仏教的な加護が、亡霊の攻撃から芳一を守る役割を果たしています。
聴覚的な描写に満ちており、盲目の芳一が周囲の音や気配から異界を感じ取る様子が、読者の想像力を掻き立てます。
また、耳を失うという結末は、悲劇的でありながらも、琵琶の音色が持つ鎮魂の力を際立たせています。
雪女(こしあん)

木こりの巳之吉(みのきち)は、吹雪の夜に雪女と出会い、仲間の茂作(もさく)は雪女の息で凍死します。
雪女は巳之吉を若さゆえに見逃しますが、「このことを誰かに話したら殺す」と約束させます。
数年後、巳之吉はお雪という美しい女性と結婚し、子宝にも恵まれますが、ある雪の夜、うっかりお雪に雪女の話をしてしまいます。
するとお雪は正体を現し、子どもたちのために巳之吉を殺さずに、警告を残して姿を消します。
約束の破綻と、異類婚姻譚。自然界の美しくも恐ろしい存在である雪女が、人間との生活を経て母性や情を持つに至る過程が描かれています。
約束を破る人間の弱さ、それに対する雪女の怒り、そして子への無私の愛が対比されています。
雪という厳しい自然のイメージと、女性の静謐な美しさ、冷酷さを重ね合わせ、日本的な「わびさび」の感覚を通して、異界の存在を深く描いています。
きつね(柚子)

特に狐を主題とした怪談はありませんが、物語の一端にでてくることもありました。
八雲は松江の城山稲荷神社に足繁く通っていて、敷地の佇んでいる荘厳な石狐を気に入っていたようです。
変化(へんげ)の術と、人間と異界の交流。狐は悪賢く人を化かす一方、人間に対して深い愛情や義理堅さを示すこともあり、二面性を持った存在として描かれます。
狐の物語を通して、当時の日本人の自然との近さ、そして動物に対する畏敬と親愛の念を描き出しています。
八雲は、狐が持つロマンチックな側面や、別れの切ない情景を特に好んで描きました。
むじな(小倉バター)

ある晩、紀国坂(きのくにざか)を急ぐ一人の商人が、お堀のほとりですすり泣く女を見つけます。
商人は身投げかと心配して声をかけますが、女は顔を上げて答えます。その顔には、目も鼻も口もありませんでした。
商人は恐怖で逃げ出して近くの蕎麦屋に駆け込み、先ほどの体験を訴えます。すると、そば屋の男が「こんなのを見たのかい?」と尋ね、顔を撫で上げると、男の顔にも目・鼻・口がないのっぺらぼうで、商人は気を失います。
視覚的な恐怖とアイデンティティの問い。のっぺらぼうは、実体的な攻撃を加えるのではなく、「顔がない」という存在の不在そのものが最大の恐怖を生み出します。
後の研究では、八雲自身の視力の問題(片目の失明)や、自己(アイデンティティ)に対する深い問いが、「顔がない」というテーマに重なっているのではないか、とも解釈されています。
また、二度驚かせるという語りの構成が秀逸な、怪談話術の傑作です。
まとめ
いかがでしたか?妖怪とその物語を知っているとこの羊羹を食べる時に誰かに話したくなりますよね。
色々な味があるのでそれだけ楽しみも生まれます。
実際ドラマが放送されて以来お土産屋プチギフトとして注文が続々。
ぜひ手に取って楽しみを共有していただけたら幸いです。
